夢の細道

夢日記

二人の子供

家の近くの小さな釣具店に入った。暗いので、垂れているヒモを引っ張って電気を点けた。店主はいるようだったが、奥の狭い部屋に家族と一緒にいるようだった。豆アジを釣るためのピンクのスキンサビキ針を探した。豆アジを泳がして、青物やイカを釣ろうという作戦だったが、ないので店の電気を消して出ようとしたら、奥の部屋から二人の男の子が出て来て私にまとわりつきだした。男の子たちは格好の遊び相手を見つけたというふうだった。私も暇だったから適当にじゃれてあげた。大きな子に、小学3、4年生かと聞いてみると、1年生だと言った。動きが機敏なのでサッカーでもしているのかと思ったら野球をしているという。チームのキャプテンだが、さえないポジションだとこぼしているので、今のうちはタマ拾いだけでいいから、しっかりカラダを鍛えたほうがいいよ、と私が言った。名前はサトウゴウだと言った。もう一人年少の可愛い幼児に名前を聞いたが、返事がない。私とゴウとで、こいつの名前はファースト子ネコちゃんだと呼ぶことにした。二人は私の家の近くまでじゃれながらくっついてきた。オジサンもう眠いから帰るよと私が言った。釣ったら魚見せてよとゴウが言った。どうせまた釣れないだろうが、この子供たちと仲良しになれそうな気がした。

 

 

カーボベルデだろうか

そこは新しく開発されたリゾート地の説明会の会場のようだった。私は永住の地を探しているようだった。会場入口の長テーブルに分厚い文庫本がたくさん積んであって、一冊買った。絵画の写真と短文がぎっしりつまっている本だった。絵はすべて原色で光とリズムにあふれていた。巻末に著者名を見ると、アリタ著とあり、数十年前の復刻版らしかった。伊豆諸島かハワイ諸島か、あるいはカーボベルデの島国だろうか。色彩や形状が賑やかに踊って様々な色つきの光が目や脳を限りなく刺激する。この島へ行きたい。魚、海、植物、建物、風、カーニバル、曲がり角、坂道。           

初老のオッサンが説明を始めたが、よく聞きとれない。オッサン、ナニ言ってんねん。

 

山猫は眠らないは何作続くんだ

釣りの帰りだった。ぜんぜん釣れなかった。最近、全然釣れない、ゼンゼン夢見ないのとおんなじだ。夢もチボーも全然ない。で、バス停でバスを待ってたらバスが来たのだがスルーされてしまった。バス停の前にミニバンが止まっていて、その運転手がバスの運転手と合図を送り合っていたから、仲間のようだった。私はカッとなってオモチャのピストルをチラつかせた。ミニバンのオッサンが降りてきて後部のボンネットを開けると狙撃銃が置いてあって、私にも見せてくれた。スゲ!ホンモノだ。スコープを覗くと十字の中心に空間があいていて、これで照準を合わせて引き金を引き人間の頭部を打ち抜くんだなと感心した。助手席に乗せてもらってスコープを覗いて外の人たちに照準を合わせた。オッサンは狩猟家らしい。バス関係の仕事も少しだけ手伝っているという。釣りもするという。この人を師匠にして猟銃免許を取ろうと思った。オッサンの車に乗って家の前にまで来た。家の前にコメディアンの女がいて私たちに笑顔を向けた。宴会の準備ができているらしい。イッテQに出ているコメディアンの一人だが、この人は私の妻ではないと思った。

金髪の年増女

目の前のパンティを外すと痩せた臀部の真ん中に使い古されたシワダラケノ性器が現れた。そこは異国のホテルのレストランで私に股がっているのはソノ日の客を探している金髪で年増の娼婦だった。いきなり性器を露出するのはコノ国の商売のキマリのようだった。私はヤル気を失っていた。しかし孤独な旅行者にとっては話し相手になってくれるだけでも有り難い気がした。金髪の年増に隣に座ってもらい話し込んだ。いつの間にか日本語を話している。ナニ人かと聞くとスイス人だと言った。いろいろ大事な話をしたがヨク思い出せない。ただ話が面白いので、話し相手としてだけでもコノ女を買ってもいいと思った。あわよくば若い子を紹介してくれるかもしれない。私は普段吸わないタバコに火を点けて値段を聞いてみた。そうね、一日で5000ドル稼ぐ時もあるわ、と女が言った。私はせいぜい2000ドルくらいしか持ってなかった。私があまりお金を出せないことを知ると女はすぐに他のテーブルに移った。私は再びひとりぼっちになって新しいタバコに火を点けた。

 

ディズニー菓子店

繁華街を歩いているとケーキ屋が何軒かならんでいたので、ウチにおみやげを買っていこうと思った。ディズニー菓子店というのがあった。ディズニーはケーキ屋までやってるのかと思った。中に入ってみるとオイシソウなケーキが並んでいる。トレーを持って売り切れそうなやつを取ろうとすると隣の男が先回りで取ってしまった。私が不満げにしてると、男が手づかみでケーキを戻して、どーぞ、と私に言った。バカヤロー、お前の触ったケーキなんか食えるか、とがらにもなく凄んでみせた。違うケーキを選んでレジの前に持っていくと、店員らしい男がポカンとしている。早く包んで会計をすましてくれ、と言うと、店員が、そんなことはいっさいしません、と言ってなにもしてくれない。私はケーキをのせたトレーを突き返して帰ることにしたが、棚に置いておいた白黒のシマ模様のカバンがなくなっている。焦った。どうにかディズニー関係者らしい女を捕まえて問いただすと、内部に保管してあるからと案内してくれた。どうなってるんだ、この店は、と私が言った。いやなら来なければいいでしょ、と女が言った。誰が来るか、こんなところ、と私が言った。カバンは返してくれそうだから安心したものの、カバンを受け取る前に目が覚めた。

坂口安吾のこと

昼休み、中庭でいつも一緒にお弁当を食べていたA子はよそよそしかったので一人でお弁当を開いた。図書室の近くで、受け付けのところにアルバムが置いてあったので、ちょっと借りてお弁当を食べながらアルバムを開いてみると、それは坂口安吾の取材風景の写真だった。晩年期の地方の取材旅行の写真だ。坂口安吾に同行した編集者が撮ったものだろう。白黒の写真は5秒くらいの動画になっていて、坂口安吾が水溜まりに落ちて泥だらけになったり、ボロ宿の入口でおかみさんの出迎えを受けたり、道端でステッキ片手に野良着の百姓女と話してたり、ひどい下痢に悩まされながらマルデ刃物を飲むかのように地酒を試飲している姿、離島の魚市場で上がったばかりの大きな深海の怪魚に同類を感じているような表情などとたくさんあって、とても興味深く楽しく、昼休みの時間も忘れてしまった。授業中の教室に先生に気付かれないようにコッソリ戻った。坂口安吾は昭和30年2月17日、50才にもならず、頭の血管がぶち切れて死んだ。

夢のシッポ

夢の終わりのほうだけカロウジテ覚えていた。私はドイツ人の青年で以前私が起こした自動車事故の現場を訪れていた。ひとりの少女を傷つけたらしかった。死んだのだろうか。私は線香の束に火をつけて花束といっしょに事故現場の土の上に置いた。すると被害者の金髪の少女が現れた。傷はもう治ったようだった。少女の彼氏も現れた。三人でそこになにかを作り出していた。塔のようなもの、おもちゃの塔のようなものだ。私は孤独が癒えるような希望を少し感じ始めていた。