ついにイタリア空軍が出撃した。無数の戦闘機が空を埋め尽くしている。クリーム色した潜水艦のような飛行物体だ。どこを爆撃するのだろう。
暑くなってきた。ドアをあけると、なにやらヤカマシイ飛行物体がドッと入ってきた。イタリア空軍はオレを爆撃するんかよ。そいつらは部屋の中をバタバタと旋回してから網戸にとまった。焦げ茶色のアブラゼミだった。
戸をあけて外に追払って、すぐ閉めたが、今度はたくさん飛んできて、網戸の外側にとまっている。
ハンコ屋 #46
ハンコをなくしたのでハンコ屋に行った。頭の禿げた痩せたオジイチャンがいた。高校生の私を見るとハンコ屋が何か言ったが、とても聞きとりにくい。ズーズー弁なのか私の耳が悪いのか。ただ、私のことを心配して気づかっているようだった。どうやら、どうやってここまで来たのか、という意味らしい。私は肩の骨にヒビがはいって学校を休んでいること、ここまではスクーターで来たことなどを話した。老人は自宅でハンコを作っているハンコ職人で、詩人だった。店には彼の詩集もおいてあった。最新刊のタイトルは「骨の髄まで経験して死ぬといいだ」というものだった。ちょっとめくってみると、彼のズーズー弁より分かりにくくて、すぐに冊子を閉じた。私は好奇心から、詩の極意はなんですか、と質問してみた。老詩人は、無だ、と答えた。
次に、私は老詩人と同年代の老人になっていて、老詩人に、あなたのことも詩のことも全然わからないんです、と言った。オジイチャンは
能面のように笑っているだけだった。
ハンコなくしたら、また来まーす、と言って店をでた。私は少し怒っているようだった。誰でもない自分自身に腹をたてているふうだった。
線路 #42
朝の通勤電車。うっかり、いつもと違う電車に乗り、違う駅で降りた。前にも同じことがあって、その時は地図を持っていたので位置を調べることができたが、今日は地図を持ってない。前の経験がまったく役にたたない。駅を出て適当に歩いてみるが、わけが分からなくなった。途中で線路を見つけたから、これをたどって行けば何処かの駅に着くだろうと思ったが、また見失う。遅刻だから上司が怒っている顔が浮かぶ。いろいろ歩きあぐねて、再び線路を見つけた。たどって行くと登り坂になって、線路は急峻な山を登るように続いている。前を3人のリュックを背負った人が歩いている。この道を歩いていっていいのだろうか。大変な山道だが、ガムシャラに越えるしかない。
神父 #41
家は四角いコンクリート造りで屋上がついていた。私は庭にはえている葉っぱの豊かな木の枝を折って1メートルほどの十字架を作り、家の中で、水の入ったバケツにつけて柱にたてかけておいた。
黒い聖職衣を着た二人の神父がやってきた。ひとりは外人で、もうひとりは日本人だ。この二人は何か準備をした後で、外人の方が合図をすると、天井の中央の天窓があいて、いきなり水が滝のように落ちてきた。私は驚いてワァーと叫んだ。一瞬の滝は二人の神父の上にちょうどよく落ちて二人を濡らした。女がカン高く笑って、これがヨーロッパ式なのよ、と言った。神父がこの仕掛けを作ったらしい。日本人の神父には、この光景は似合わないような気がした。